シナモンthe Movieと同時上映…ですが、開始しばらくして他のお客さん(親子連れ×2)が両方出ていってしまいました…。まぁシナモン目当てだよな、普通。シナモン終了で即去らなかったので、子どもが興味を持てばそのまま見ていくつもりだったのかも知れませんけど、いまいちキャッチできなかった模様。
かくして独り身もとい1人見。
林原と山口勝平と高山みなみを堪能…ってらんまk!(他のキャストは関係ないけど) シナモンの方に林原(キティな)が出てなかったのが意外と不思議だったのですが、こっちに出てたのね…さすがサンリオというか。
話はタイトル通りねずみが冒険する話。テーマは友情とか個性とかその辺かな? ヒーロー性は今の世の中あまり出さないことになっているのか、凡才+α程度の能力の2人+お供で冒険…というか試練に行く様子。強大な敵もとくになし。一応イタチが出るけど、あんなイタチはノロイに比べたら全然怖くねぇっす。
「みんなそれぞれ得手不得手があって、だからこそ皆で協力し、時には競争して、社会の荒波を超えていこう、そして本当にピンチのときはまわりに大人がついていてくれてることも思い出してね。」みたいな話をお子さまに見てもらおうという意図っぽいのですが…、残念ながら私が見た回では見てもらえず…。
実際問題シナモンで帰っちゃう人はどれぐらいいるんだろうかね。入場者数データじゃ出てこない数字だし、把握しているところはなさそうだけど。上映中にどこの席が埋まっているのかとか、寝ちゃった人がどれぐらいいたのかとかのデータまで採れるような劇場があると、制作サイドは便利そうだよね。
話戻す。冒険の目的である光の竜ですけど、自分としてはもっとどーでもよさげなものを発見するようなパターンで、竜自体はなくても…というか竜の正体だけでよかったんじゃないかと思ってしまう。本当にいるとすると、なぜ本当にいるのかの理由が気になっちゃうし、いないとしてあの正体だったとしては、あの絵面ではそうは見えない…みたいなところでちょっと納得いかないというか、緩いような。
努力の先にある栄光や成功とはいえ、あれぐらいの努力(ほとんどが爺さんに足止め喰らってただけ)でたどり着けてしまう先としては夢やきれい事としてもあまりに大きい気がしますよ。最終的なオチと組み合わせて考えてみると、あの光の竜より先の冒険に出てみたいという気持ちが削がれて、元の家でつましく人間の食べ物をくすねて暮らしていくことに満足してしまう結果になっている気がする。ひとつの冒険を終えたら次の冒険へ!みたいな、元々高山が持ってたっぽい気持ちはいつの間にかなくなって、このまま先代のように小さくまとまってしまうのかと思うと、何だか寂しい気持ちになってしまいました。
フカンでねずみたちの暮らす家を見下ろした絵になる最後のシーン、こんなにも小さく狭い世界、そして冒険に出ていった森もごくごく近所…何だかとっても箱庭な暮らし。箱庭な暮らしもいいとは思うんだけど、そこが箱庭と思わず暮らし続けているってのも何だろうなーって気持ちが残りつつ映画が終了した。
かつてシッポを立ててた野沢雅子氏(フクロウおばさん役で本作に登場)はどう見ていたのか気になるところです。本作の細いシッポは立てても見栄え薄いもんなー。
かくして独り身もとい1人見。
林原と山口勝平と高山みなみを堪能…ってらんまk!(他のキャストは関係ないけど) シナモンの方に林原(キティな)が出てなかったのが意外と不思議だったのですが、こっちに出てたのね…さすがサンリオというか。
話はタイトル通りねずみが冒険する話。テーマは友情とか個性とかその辺かな? ヒーロー性は今の世の中あまり出さないことになっているのか、凡才+α程度の能力の2人+お供で冒険…というか試練に行く様子。強大な敵もとくになし。一応イタチが出るけど、あんなイタチはノロイに比べたら全然怖くねぇっす。
「みんなそれぞれ得手不得手があって、だからこそ皆で協力し、時には競争して、社会の荒波を超えていこう、そして本当にピンチのときはまわりに大人がついていてくれてることも思い出してね。」みたいな話をお子さまに見てもらおうという意図っぽいのですが…、残念ながら私が見た回では見てもらえず…。
実際問題シナモンで帰っちゃう人はどれぐらいいるんだろうかね。入場者数データじゃ出てこない数字だし、把握しているところはなさそうだけど。上映中にどこの席が埋まっているのかとか、寝ちゃった人がどれぐらいいたのかとかのデータまで採れるような劇場があると、制作サイドは便利そうだよね。
話戻す。冒険の目的である光の竜ですけど、自分としてはもっとどーでもよさげなものを発見するようなパターンで、竜自体はなくても…というか竜の正体だけでよかったんじゃないかと思ってしまう。本当にいるとすると、なぜ本当にいるのかの理由が気になっちゃうし、いないとしてあの正体だったとしては、あの絵面ではそうは見えない…みたいなところでちょっと納得いかないというか、緩いような。
努力の先にある栄光や成功とはいえ、あれぐらいの努力(ほとんどが爺さんに足止め喰らってただけ)でたどり着けてしまう先としては夢やきれい事としてもあまりに大きい気がしますよ。最終的なオチと組み合わせて考えてみると、あの光の竜より先の冒険に出てみたいという気持ちが削がれて、元の家でつましく人間の食べ物をくすねて暮らしていくことに満足してしまう結果になっている気がする。ひとつの冒険を終えたら次の冒険へ!みたいな、元々高山が持ってたっぽい気持ちはいつの間にかなくなって、このまま先代のように小さくまとまってしまうのかと思うと、何だか寂しい気持ちになってしまいました。
フカンでねずみたちの暮らす家を見下ろした絵になる最後のシーン、こんなにも小さく狭い世界、そして冒険に出ていった森もごくごく近所…何だかとっても箱庭な暮らし。箱庭な暮らしもいいとは思うんだけど、そこが箱庭と思わず暮らし続けているってのも何だろうなーって気持ちが残りつつ映画が終了した。
かつてシッポを立ててた野沢雅子氏(フクロウおばさん役で本作に登場)はどう見ていたのか気になるところです。本作の細いシッポは立てても見栄え薄いもんなー。
これは今日見ました。開始15分前ぐらいに劇場についてチケットを購入したワケですが、前に親子連れが2組。上映時間的に他のを見ることは考えにくいので、これより前にチケットゲットした人を考えて、平日でもそれなりに入場者がいるのかなぁ?と思ったのですが、行ってみたら結局自分の他はその2組だけでした。
普通に考えたら今日が最終日だけど、来週もやってるのかしらね? つか11月公開のプリキュア5がまだ公開してたんですが…慌てて行くことなかったんかなぁ? まぁあんまり遅いと小さいスクリーンの方にまわされちゃうんで早めの方がいいんですが。
それはともかく本編。シナモン=川田妙子 なのはCMの時点で把握していましたが、さすがサンリオってことで、俗っぽい声優大集合なのが笑える。佐久間レイは意外と固定的に使われているのかしらん。他のシナモン類(類呼ばわりか)は大谷育江×2、かかずゆみ、白石涼子。まぁこれといって個性があるわけでもなく、一応寝ないで見てたつもりではありますが、終わるまで声以外で見分けられませんでした…。一応自己紹介シーンでスポーツが得意とか特徴言ってたみたいですが、これといって劇中でそういう能力を使ってたような気はしないし…。
制作はマッドハウスですが、多岐にわたるマッドハウスアニメでも、あまりこっち系は作ってなかった記憶。人間キャラをだいぶリアル寄りに描いてしまったりとか、敵キャラがだいぶおどろおどろしいとか、その辺がちょっと低年齢向けとしていまいち慣れがない印象を受けてしまう感じ。その点OLMのたまごっちやどうぶつの森なんかは慣れた感じで世界になじむ人間キャラを出してくるよね。アンナさんは公式で元々あったのか、マッドがデザインしたのかは知らないですけど。
たまごっちと違ってアンナさんはもともとシナモロール世界の住人なので、どっぷり異世界作品になってました。つまるところどーでもいい気配がしてしまうということですが。話は…これも内輪モメか。まぁ1時間の映画じゃさほど掘り下げられないですかね。何となく敵を倒して終了、敵キャラ(いたずら好き知人の本音っぽい影の部分)の告白もスルー。まぁ、ふつう?
普通に考えたら今日が最終日だけど、来週もやってるのかしらね? つか11月公開のプリキュア5がまだ公開してたんですが…慌てて行くことなかったんかなぁ? まぁあんまり遅いと小さいスクリーンの方にまわされちゃうんで早めの方がいいんですが。
それはともかく本編。シナモン=川田妙子 なのはCMの時点で把握していましたが、さすがサンリオってことで、俗っぽい声優大集合なのが笑える。佐久間レイは意外と固定的に使われているのかしらん。他のシナモン類(類呼ばわりか)は大谷育江×2、かかずゆみ、白石涼子。まぁこれといって個性があるわけでもなく、一応寝ないで見てたつもりではありますが、終わるまで声以外で見分けられませんでした…。一応自己紹介シーンでスポーツが得意とか特徴言ってたみたいですが、これといって劇中でそういう能力を使ってたような気はしないし…。
制作はマッドハウスですが、多岐にわたるマッドハウスアニメでも、あまりこっち系は作ってなかった記憶。人間キャラをだいぶリアル寄りに描いてしまったりとか、敵キャラがだいぶおどろおどろしいとか、その辺がちょっと低年齢向けとしていまいち慣れがない印象を受けてしまう感じ。その点OLMのたまごっちやどうぶつの森なんかは慣れた感じで世界になじむ人間キャラを出してくるよね。アンナさんは公式で元々あったのか、マッドがデザインしたのかは知らないですけど。
たまごっちと違ってアンナさんはもともとシナモロール世界の住人なので、どっぷり異世界作品になってました。つまるところどーでもいい気配がしてしまうということですが。話は…これも内輪モメか。まぁ1時間の映画じゃさほど掘り下げられないですかね。何となく敵を倒して終了、敵キャラ(いたずら好き知人の本音っぽい影の部分)の告白もスルー。まぁ、ふつう?
前作のMEMORIES OF NOBODYよりは、全員集合する理由が整っていた気はする。話は…相変わらず時間軸がよくわからない。現在の能力ぐらいはある感じなのに、現在の時間軸ではこんな話をしてる余裕はなかったハズというのが劇場版シリーズのいつもいただけないところ。今度の夏のNARUTOの方はどうするんだろうね(同じくぴえろ作品)。
お話は、石田彰を堪能する…。オプションの女子高生風アランカル風バイザード風な彼女らは意味がなさそうでした。メインテーマの「独りで抱え込むな!」というメッセージは普段それほど冬獅郎からそういうイメージを受けていなかったこともあるし、一護の母の死を抱え込んだ過去も過去すぎてさほど覚えてなかったこともあって、いまいち自分には届き切らなかった感じ。
あと煮え切らないのは、2つの氷輪丸が存在してしまうと殺し合わなければいけない問題自体の解決を見ていないってのがちょっと…。そういうことを強制してしまう規則とかは許容したままでいいの?みたいな気持ちがちょっと残ってしまった。あと王印って結局なんよ?みたいなとこも少し。
技の性質とかの攻防も特になく、精神論的なところが多かったので、技VS技的な楽しみがあまりなかったのもTVシリーズと比べてバトルの攻防の楽しさは薄かったかなぁ。冬獅郎相手ではみんなあんまり本気で戦ってくれないし。
謎解きにしてもバトルものにしても中途半端だった気がしないでもない。結局は内輪の話だしね。
お話は、石田彰を堪能する…。オプションの女子高生風アランカル風バイザード風な彼女らは意味がなさそうでした。メインテーマの「独りで抱え込むな!」というメッセージは普段それほど冬獅郎からそういうイメージを受けていなかったこともあるし、一護の母の死を抱え込んだ過去も過去すぎてさほど覚えてなかったこともあって、いまいち自分には届き切らなかった感じ。
あと煮え切らないのは、2つの氷輪丸が存在してしまうと殺し合わなければいけない問題自体の解決を見ていないってのがちょっと…。そういうことを強制してしまう規則とかは許容したままでいいの?みたいな気持ちがちょっと残ってしまった。あと王印って結局なんよ?みたいなとこも少し。
技の性質とかの攻防も特になく、精神論的なところが多かったので、技VS技的な楽しみがあまりなかったのもTVシリーズと比べてバトルの攻防の楽しさは薄かったかなぁ。冬獅郎相手ではみんなあんまり本気で戦ってくれないし。
謎解きにしてもバトルものにしても中途半端だった気がしないでもない。結局は内輪の話だしね。
コミケ関連バタバタ&やっと冬休み映画を見終えて更新ができますよ。
年末は見に行く時間が全く取れなかったので、年明け見になりました。まぁ冬休み期間はメインのお客様がたくさんいそうなので行ける平日を見繕ういつものパターンですが。
ということで先週見たたまごっちから。平日だったけど、お子さまがたくさんいて申し訳ない感じでした。
どの世代のたまごっちも全然関わってないので、キャラが動いていても感動することもなく、こっちの世界に関わることもなさそうな世界の危機とかもだいぶどーでもいい感じで、もはやあまり記憶に残ってない…。
ポケモン年齢層ぐらいなら、たんぽぽさんがたまごっち星に呼ばれたのは何かの運命とか誰かの策略とかそういう裏がありつつ、たまごっち星の危機はそのまま地球の危機に繋がったりとか、スケールを大きく盛り上げる感じになるかと思いますが、何とな〜く呼ばれて、何とな〜く帰っていっておしまい…みたいな話だったような記憶。
一応たんぽぽさんはちょっと成長するんだけど、それは別にたまごっちではなくてもいいような感じでもあった。
…と、思うんだけど、劇場から出たとき、見ていたお子さまたちが「おもしろかったね〜」と言っていたから、これはこれでいい映画だったのかしらと思い直してみたいんだけど、どの辺をおもしろいと感じたのか今後の参考のためにも聞きたかった気がする…。
まぁ、見てはきたけど感想はあまりないです…。
年末は見に行く時間が全く取れなかったので、年明け見になりました。まぁ冬休み期間はメインのお客様がたくさんいそうなので行ける平日を見繕ういつものパターンですが。
ということで先週見たたまごっちから。平日だったけど、お子さまがたくさんいて申し訳ない感じでした。
どの世代のたまごっちも全然関わってないので、キャラが動いていても感動することもなく、こっちの世界に関わることもなさそうな世界の危機とかもだいぶどーでもいい感じで、もはやあまり記憶に残ってない…。
ポケモン年齢層ぐらいなら、たんぽぽさんがたまごっち星に呼ばれたのは何かの運命とか誰かの策略とかそういう裏がありつつ、たまごっち星の危機はそのまま地球の危機に繋がったりとか、スケールを大きく盛り上げる感じになるかと思いますが、何とな〜く呼ばれて、何とな〜く帰っていっておしまい…みたいな話だったような記憶。
一応たんぽぽさんはちょっと成長するんだけど、それは別にたまごっちではなくてもいいような感じでもあった。
…と、思うんだけど、劇場から出たとき、見ていたお子さまたちが「おもしろかったね〜」と言っていたから、これはこれでいい映画だったのかしらと思い直してみたいんだけど、どの辺をおもしろいと感じたのか今後の参考のためにも聞きたかった気がする…。
まぁ、見てはきたけど感想はあまりないです…。
本編には手キャプ向きな絵がいっぱいあったのに、パンフだといまいちないの巻
塗った(12/8)

前の(11/30)

おかげで塗る前に気力が尽きた。つか胴まであると描くとこ多い…。
つことで平日の昼間っからプリキュア映画を見てきました。興行的にだいぶイケてるという話を聞いていたので、平日でもそれなりに混んでるのかと思いましたが、席は385席ほどあるのに、結果として見てたのは自分を含めて4組でした。親子連れは2組。他の2組は組っつっても自分を含めてひとりきり組ですが。
そんなワケでミラクルライトがもらえる権利があったのは2人のみで、冒頭の説明や肝心の応援シーンが寂しい寂しい…。ミラクルライトを振らせろとまでは言いませんけど、懸命にスクリーンの向こうのプリキュアたちを応援する子どもたちの中にいたかったとは思う。観客が巻き込まれる姿を含めてがこの映画だと思うので、そこが体験できなかったのはせっかく劇場で見たのに、完全に味うことはできなかったかなーと思う。一番かわいそうなのはミラクルライトをもらってた2人のお子さまだとは思いますけどね。アレで自分の力が通じたと思えたんだろうか。
子どもでも保護者でもない大きなお友だちは、それこそみんな(お子さま)の力を借りないとプリキュアにパワーが送られるの図が見られない、自分ではどうすることもできないちっぽけな存在ですわ…。暗いはずの劇場が明るくなるぐらいの参加量で見たかったなー。(それはそれで他のシーンでもつけるお子さまがそこそこ発生してしまう事態になるんだろうが)
とりあえずいい映画でした。お子さま向け故の制約に大変苦労されている様子がかなりありましたけど、実に頑張っていたと思う。
作画的にも実に魅力的で、「鏡」という「作画」しなければならないアニメ作品において鬼門というか腕の見せ所というかそういう話に果敢に挑戦しているの図が地味にすごくて(デジタル処理も多いんだろうけど)、ミラーハウスシーンは地味に見どころかも。
んで、プリキュアといえば、拳で殴り合うバトルシーンが初代からの売りですが、今回はダークプリキュアとのガチンコバトルってこともあって、いつもの巨大敵を殴り倒すのとはまた違う超人殴り合いバトルになっててもの凄かったです。
話としても90分制約で変身シーンは強制挿入、敵はニセプリキュア×5+ボス、ついでにゲストキャラ×2というきびしいノルマを考えればよくまとまっていたと思う。ダークドリームの扱いとかもよかったし、ドリームコレットのトリックも映画の長尺を利用してて、簡単な推理モノみたいでした。
そんな感じでいい映画でした。でも以下ネガティブにいくらか。
尺がないので仕方ないけど、OPがストーリーの一部を見せるところに使われてしまったのは残念かも。プリキュア5はTVシリーズからしてHVなので、これといって劇場パワーを感じられるわけではないかも知れないけど、無印映画のOPで16:9+作画補正アレンジという見どころであったり、お子さま視点で行けば一緒に歌えたり、いつものOPが入ることで、劇場映画という特異空間からいつもの作品に入るきっかけになりうるところだと思っているので、OPは大事にして欲しかったと思う。OPがちゃんとついてなかった結果…の話は次のED話のあとで。
EDはガンバランスdeダンス 映画衣装Ver. でした。まぁ、それはいいんだけど、いつものEDの衣装が替わるだけ…ってことは、いつも通り1分半でEDが終わっちゃうってことなんだよね。ED中に席を立っちゃう人もいるので、あまりED後に後日談とかを入れるべきでもないとも思うので、ED後の後日談も入ってないのはむしろ歓迎ですが、長尺見たのにいつもの1分半EDで何事もなく映画が終わる…というのは何とも余韻がなく、90分の思い出に浸るヒマもないし、その後の鏡の国がどうなったかを想ってる余裕もないという、何だかちょっともったいないEDだったように思います。つかあのまま終わったんじゃピンキーコンプしたことになりますが?
つことでOPとEDの印象が薄い結果、何だか区切りが悪い感じになってしまった気がします。
あと本編とは関係ないんですが、見た劇場の劇場グッズ売り場がなくなってて、どの映画もパンフしか買えない(飲み物とか売ってる普通の売店で売ってる)状態になってて、この劇場そろそろヤバいのかと思った。入りも上記の通り悪いのに、大スクリーンで回してるってことは他の映画も入ってないんだろうし…。
ついでについ踊りを見てて見逃したダークプリキュアのキャストを確認するためでもあったパンフに主要スタッフ・キャストまでしか載ってない件…。大きなお友だちにももう少しやさしくして! 映画冒頭のココの言葉だけでは救われない…。
つことでググってダークプリキュアのキャストを確認。
ダークドリーム:西村ちなみ
ダークルージュ:長沢美樹
ダークレモネード:釘宮理恵
ダークミント:皆口裕子
ダークアクア:木内レイコ
レモネードとミントとアクアしかわかんなかったぜ。釘宮が門脇だったらどうしようかとも思ったしな! ダークミントが皆口と気づいたとき、キャスティングにも何か意図―かつてこういうキャラといえばこの人!だった人が影として入っている―があるのかとも思いましたが、普通に東映キャスティングで、そこんとこも残念というか。
ダークドリーム:千葉千恵巳
ダークルージュ:松岡由貴
ダークレモネード:宍戸留実
ダークミント:秋谷智子
ダークアクア:宮原永海
なんてMAHO堂だったら劇場にいること忘れて笑ってしまいそうだ。個人的にはダークミントに笠原弘子を充てるぐらいから始めたいな。ルージュに折笠愛…いや高山みなみかな。…もう他が思いつかない罠。
そんなところで感想終わり。勇者な方は土日に見た方が楽しいかもですよ。
といったところでたぶん年明けまでここはお休み。年末イベントの予定は書けたら本家の方に。ではみなさまよいお年を。(はや
新番(今さら…)はみなみけが楽しいですが、これってつまり苺ましまろが見たいだけなんじゃないか疑惑が自分の中に発生する罠。同じスタッフ臭するしなぁ。
そしてげんしけん2がすごすぎる。各話でいろんな方向にすげぇ。
マイセルフ;ユアセルフは普通のラブコメって言ってなかったかー!
ではまた。
塗った(12/8)

前の(11/30)

おかげで塗る前に気力が尽きた。つか胴まであると描くとこ多い…。
つことで平日の昼間っからプリキュア映画を見てきました。興行的にだいぶイケてるという話を聞いていたので、平日でもそれなりに混んでるのかと思いましたが、席は385席ほどあるのに、結果として見てたのは自分を含めて4組でした。親子連れは2組。他の2組は組っつっても自分を含めてひとりきり組ですが。
そんなワケでミラクルライトがもらえる権利があったのは2人のみで、冒頭の説明や肝心の応援シーンが寂しい寂しい…。ミラクルライトを振らせろとまでは言いませんけど、懸命にスクリーンの向こうのプリキュアたちを応援する子どもたちの中にいたかったとは思う。観客が巻き込まれる姿を含めてがこの映画だと思うので、そこが体験できなかったのはせっかく劇場で見たのに、完全に味うことはできなかったかなーと思う。一番かわいそうなのはミラクルライトをもらってた2人のお子さまだとは思いますけどね。アレで自分の力が通じたと思えたんだろうか。
子どもでも保護者でもない大きなお友だちは、それこそみんな(お子さま)の力を借りないとプリキュアにパワーが送られるの図が見られない、自分ではどうすることもできないちっぽけな存在ですわ…。暗いはずの劇場が明るくなるぐらいの参加量で見たかったなー。(それはそれで他のシーンでもつけるお子さまがそこそこ発生してしまう事態になるんだろうが)
とりあえずいい映画でした。お子さま向け故の制約に大変苦労されている様子がかなりありましたけど、実に頑張っていたと思う。
作画的にも実に魅力的で、「鏡」という「作画」しなければならないアニメ作品において鬼門というか腕の見せ所というかそういう話に果敢に挑戦しているの図が地味にすごくて(デジタル処理も多いんだろうけど)、ミラーハウスシーンは地味に見どころかも。
んで、プリキュアといえば、拳で殴り合うバトルシーンが初代からの売りですが、今回はダークプリキュアとのガチンコバトルってこともあって、いつもの巨大敵を殴り倒すのとはまた違う超人殴り合いバトルになっててもの凄かったです。
話としても90分制約で変身シーンは強制挿入、敵はニセプリキュア×5+ボス、ついでにゲストキャラ×2というきびしいノルマを考えればよくまとまっていたと思う。ダークドリームの扱いとかもよかったし、ドリームコレットのトリックも映画の長尺を利用してて、簡単な推理モノみたいでした。
そんな感じでいい映画でした。でも以下ネガティブにいくらか。
尺がないので仕方ないけど、OPがストーリーの一部を見せるところに使われてしまったのは残念かも。プリキュア5はTVシリーズからしてHVなので、これといって劇場パワーを感じられるわけではないかも知れないけど、無印映画のOPで16:9+作画補正アレンジという見どころであったり、お子さま視点で行けば一緒に歌えたり、いつものOPが入ることで、劇場映画という特異空間からいつもの作品に入るきっかけになりうるところだと思っているので、OPは大事にして欲しかったと思う。OPがちゃんとついてなかった結果…の話は次のED話のあとで。
EDはガンバランスdeダンス 映画衣装Ver. でした。まぁ、それはいいんだけど、いつものEDの衣装が替わるだけ…ってことは、いつも通り1分半でEDが終わっちゃうってことなんだよね。ED中に席を立っちゃう人もいるので、あまりED後に後日談とかを入れるべきでもないとも思うので、ED後の後日談も入ってないのはむしろ歓迎ですが、長尺見たのにいつもの1分半EDで何事もなく映画が終わる…というのは何とも余韻がなく、90分の思い出に浸るヒマもないし、その後の鏡の国がどうなったかを想ってる余裕もないという、何だかちょっともったいないEDだったように思います。つかあのまま終わったんじゃピンキーコンプしたことになりますが?
つことでOPとEDの印象が薄い結果、何だか区切りが悪い感じになってしまった気がします。
あと本編とは関係ないんですが、見た劇場の劇場グッズ売り場がなくなってて、どの映画もパンフしか買えない(飲み物とか売ってる普通の売店で売ってる)状態になってて、この劇場そろそろヤバいのかと思った。入りも上記の通り悪いのに、大スクリーンで回してるってことは他の映画も入ってないんだろうし…。
ついでについ踊りを見てて見逃したダークプリキュアのキャストを確認するためでもあったパンフに主要スタッフ・キャストまでしか載ってない件…。大きなお友だちにももう少しやさしくして! 映画冒頭のココの言葉だけでは救われない…。
つことでググってダークプリキュアのキャストを確認。
ダークドリーム:西村ちなみ
ダークルージュ:長沢美樹
ダークレモネード:釘宮理恵
ダークミント:皆口裕子
ダークアクア:木内レイコ
レモネードとミントとアクアしかわかんなかったぜ。釘宮が門脇だったらどうしようかとも思ったしな! ダークミントが皆口と気づいたとき、キャスティングにも何か意図―かつてこういうキャラといえばこの人!だった人が影として入っている―があるのかとも思いましたが、普通に東映キャスティングで、そこんとこも残念というか。
ダークドリーム:千葉千恵巳
ダークルージュ:松岡由貴
ダークレモネード:宍戸留実
ダークミント:秋谷智子
ダークアクア:宮原永海
なんてMAHO堂だったら劇場にいること忘れて笑ってしまいそうだ。個人的にはダークミントに笠原弘子を充てるぐらいから始めたいな。ルージュに折笠愛…いや高山みなみかな。…もう他が思いつかない罠。
そんなところで感想終わり。勇者な方は土日に見た方が楽しいかもですよ。
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といったところでたぶん年明けまでここはお休み。年末イベントの予定は書けたら本家の方に。ではみなさまよいお年を。(はや
新番(今さら…)はみなみけが楽しいですが、これってつまり苺ましまろが見たいだけなんじゃないか疑惑が自分の中に発生する罠。同じスタッフ臭するしなぁ。
そしてげんしけん2がすごすぎる。各話でいろんな方向にすげぇ。
マイセルフ;ユアセルフは普通のラブコメって言ってなかったかー!
ではまた。
放送が続いてくれていることに感謝。

前シリーズは謎がそれなりにひもとけていきはしたけど、内容的には淡々とBAD ENDが繰り返されるばかりでしたが、本作は「解」に恥じぬ「解」っぷりで、見てて心地よいですな。ひとつの世界だけでは謎を解く鍵が足りないというのが普通のミステリーと大きく違うところですが、ミステリーがひとつの殺人事件じゃ鍵が足りなくて連続殺人になるところを、世界を股にかけた連続事件にしてみた…という解釈でもちょっと足りない感じ。
まさにマルチシナリオのゲームという方が正しく、それぞれのマルチシナリオから本当のストーリーを見いだす…というのを登場人物自身がやるって設定が斬新というか。
つことで全てのピースが揃ったところでラストゲームの開始ですよ。羽入も「これがきっと最後」と言っていて、実際やっとこハッピーエンドになるんだろうけど、この悲劇のループ…というか死ぬたびに新しい世界に移すという「チャンス」をくれていたのはどういう存在なんだろうか。無限に繰り返すのであれば、そういう仕組みになってしまっているという解釈ができるんだけど、「世界をリセットする力」が弱まってきているという話からして、何かしらの力を持った意思が介在してる現象であると想像できてしまう。
「何かしらの力を持った、意思」と書いてみると、これまでの話でこの世界では「意思」の力がとても強いものとして描かれているワケで、この世界をリセットする意思もまた、人が与えているのではないかと思えてしまうね。昭和59年のループしてた彼女たちには(少なくともこれまでの世界では)そんな強い意志があったとは思いがたいので、むしろ強い意志を持って生き延びて未来を見た梨花と羽入の意思なのではないかしらん。
そんなことを思ったりしたけど、原作知ってる人はもはやすべての解が出てるワケで、こういうことはアニメオンリーの人は書かない方がいろいろいいんだよなーとか思ったけど、結局書いてしまうの図。
しかし本当にマルチエンディングゲームだったら、最短何ターンでハッピーエンドにたどり着けるんだろうね。
つか実は感想はどうでもいいのです。(ぇー
リアルな知り合いが 第二回ひぐらしのなく頃に小説大賞 の大賞を受賞した模様(パチパチ)なのでそのお祝いがてら。上のアフェリの本に載るらしい。結構残ってるという話は聞いていたけど、まさか大賞まで行けるとはなー。あ、内容は全然知らないのですが。
興味のある方は是非手にとってくださいまし。
さて、最近すっかり感想がご無沙汰ですが、別に描きたい&書きたいものがないとかじゃなくて、普通に忙しいです。というのも、実は冬の祭典に受かってしまいまして。冬の倍率からして落選も軽く期待していたのですが、受かってしまった以上何か作らなければならないワケでして。いやまぁ、作業自体は地味に継続してたんですが、冬までだと実に厳しい状態なので、軽く修羅場モードです。もちろんアニメは見てますけどね(アニメを溜めたら本当に修羅場モード)。
ということで、年明けまでしばらく縮小予定です。新番語りたいけど…じっと我慢…。
あ、でも年内に見に行く映画の感想は書く予定(行くのか)。年内に行かないと終わっちゃうのはプリキュアぐらいかな? こんな休みでも何でもない時期の公開って珍しいよね。大きなお友だちにはあんまり関係ないけど。学生より高い一般料金で見ようとも決してライトはもらえない大きなお友だち…。

前シリーズは謎がそれなりにひもとけていきはしたけど、内容的には淡々とBAD ENDが繰り返されるばかりでしたが、本作は「解」に恥じぬ「解」っぷりで、見てて心地よいですな。ひとつの世界だけでは謎を解く鍵が足りないというのが普通のミステリーと大きく違うところですが、ミステリーがひとつの殺人事件じゃ鍵が足りなくて連続殺人になるところを、世界を股にかけた連続事件にしてみた…という解釈でもちょっと足りない感じ。
まさにマルチシナリオのゲームという方が正しく、それぞれのマルチシナリオから本当のストーリーを見いだす…というのを登場人物自身がやるって設定が斬新というか。
つことで全てのピースが揃ったところでラストゲームの開始ですよ。羽入も「これがきっと最後」と言っていて、実際やっとこハッピーエンドになるんだろうけど、この悲劇のループ…というか死ぬたびに新しい世界に移すという「チャンス」をくれていたのはどういう存在なんだろうか。無限に繰り返すのであれば、そういう仕組みになってしまっているという解釈ができるんだけど、「世界をリセットする力」が弱まってきているという話からして、何かしらの力を持った意思が介在してる現象であると想像できてしまう。
「何かしらの力を持った、意思」と書いてみると、これまでの話でこの世界では「意思」の力がとても強いものとして描かれているワケで、この世界をリセットする意思もまた、人が与えているのではないかと思えてしまうね。昭和59年のループしてた彼女たちには(少なくともこれまでの世界では)そんな強い意志があったとは思いがたいので、むしろ強い意志を持って生き延びて未来を見た梨花と羽入の意思なのではないかしらん。
そんなことを思ったりしたけど、原作知ってる人はもはやすべての解が出てるワケで、こういうことはアニメオンリーの人は書かない方がいろいろいいんだよなーとか思ったけど、結局書いてしまうの図。
しかし本当にマルチエンディングゲームだったら、最短何ターンでハッピーエンドにたどり着けるんだろうね。
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つか実は感想はどうでもいいのです。(ぇー
リアルな知り合いが 第二回ひぐらしのなく頃に小説大賞 の大賞を受賞した模様(パチパチ)なのでそのお祝いがてら。上のアフェリの本に載るらしい。結構残ってるという話は聞いていたけど、まさか大賞まで行けるとはなー。あ、内容は全然知らないのですが。
興味のある方は是非手にとってくださいまし。
さて、最近すっかり感想がご無沙汰ですが、別に描きたい&書きたいものがないとかじゃなくて、普通に忙しいです。というのも、実は冬の祭典に受かってしまいまして。冬の倍率からして落選も軽く期待していたのですが、受かってしまった以上何か作らなければならないワケでして。いやまぁ、作業自体は地味に継続してたんですが、冬までだと実に厳しい状態なので、軽く修羅場モードです。もちろんアニメは見てますけどね(アニメを溜めたら本当に修羅場モード)。
ということで、年明けまでしばらく縮小予定です。新番語りたいけど…じっと我慢…。
あ、でも年内に見に行く映画の感想は書く予定(行くのか)。年内に行かないと終わっちゃうのはプリキュアぐらいかな? こんな休みでも何でもない時期の公開って珍しいよね。大きなお友だちにはあんまり関係ないけど。学生より高い一般料金で見ようとも決してライトはもらえない大きなお友だち…。
先週の月曜日(10/29)に見てきました。そろそろ見に行こうと思ったらほとんどの劇場が〜10/19の3週間公開で焦りましたが、何とか新宿は継続してたのでそちらで。おかげで定価でシネマイレージも溜まらない寂しさ…。平日夕方だったけど、まだそれなりに人が入っていたようなんだけど、ほかの劇場ではそんなに振るわなかったんだろうか。秋映画では一番最初に公開したヱヴァが一番最後までやってるってのもな…。
つかこのまま見ないで放置してもいいかなと思っていたのですが、それなりに好評っぽいので見て確かめることにしました。
BONES原作BONES制作のオリジナルアニメ映画。アニメ用の話なだけに、よく動くし、アニメ動画だからこそやれるようなことも多かった気がします。ちょっと動きが激しすぎてチラチラするし、アップで動いたりするので、3次元的にどう動いたのか脳内処理するのが大変な箇所とか多かった気もしますけど。音響的には劇場で見たいけど、動画的には動画能力の高いHVテレビで見たいと思いました。
でまぁ、動画的にはそんな感想ですが、作品を見終えてみて、
「結局この作品は何が言いたかったんだろう?」
と首をひねってしまいました。
異国から逃げてきた少年と、生まれはわからないけど異人であることは確かな青年、異国から来て好き勝手やってる某国の偉い異人軍団…、あと好き勝手やられている側のお殿様とかその重臣とかいくらか出てくるけど、話の内容的には異人同士が日本で何かやってる方がメイン。
(日本人・日本に対する)
・価値観の違い
・思っていた人間性との違い
・異人に対する奇異の目
・予想より弱い剣術の腕や頭
ということについてたびたび描かれ、日本での生きづらさを日本人っぽく生きてみることや、あくまで自国のルールで生きてみることでは解決できないことであることが示されていた気がします。
映画的には異人視点ですが、これを逆から考えてみると
・どんなに取り繕っても異人は異人で受け入れがたい
・我が国で勝手なことは許さない
・我が国のルールに従えないものは出ていけ
・我が国の利益にならないものはいらない
というメッセージが隠れていそうな内容にも取れました。日本人に紛れて何とか生きていた名無し青年は結局これといっていい目を見ることもなく何か巻き込まれた形で決して幸せは得てないし、山寺宏一キャラ側の異人達はそもそも悪い人扱いで、命も落とすし、ろくに目的も達せられない。
まとめると、
・日本にいてもいいことないから早くよそに行ってくれないかな
ということが言いたかったのかなぁ? と思えてきたり。これが異人の話であることは映画のタイトルが「ストレンヂア」、つまりStranger、よその人…異邦人ってことでもわかるわけで。ストレンヂアたちのしたこと、やった結果とかそういうことが映画のテーマであったはず。
これ以上はネタバレ避けつつ書くのが難しいんであまり詳しく書けませんが、「新しい価値観、新しい技術とかここ(日本)に持ってくんな! ここのルールに乗っかれないやつはいらねぇ!」というストレンヂアに対するフラストレーション的なものがこの作品を作る原動力になっていないだろうかとか。
あんまりちゃんと見てたわけじゃないけど、中国語声優以外に外国人スタッフがほとんどスタッフロールに出ていなかったような気がする。
まぁこの作品に関しては殺陣動画などを堪能する動画アニメなので、テーマとかはまぁどーでもいいというか、○□アニメにおける○□部分以外が○□に至るように出来てさえすればどーでもいいのと同じというか。
個人的にはいくら動画がすごくてもバッサバッサと斬り斬られで多数の命が昇天していくのがあまり気持ちよく見られないんで、そういう点でも筋書きの方をつい気にしてしまうことになったりするのですが。
上記だとテーマとしては黒すぎるので、本当はもっとちゃんとしたテーマがあると思うのですが…。うーん…。
つかこのまま見ないで放置してもいいかなと思っていたのですが、それなりに好評っぽいので見て確かめることにしました。
BONES原作BONES制作のオリジナルアニメ映画。アニメ用の話なだけに、よく動くし、アニメ動画だからこそやれるようなことも多かった気がします。ちょっと動きが激しすぎてチラチラするし、アップで動いたりするので、3次元的にどう動いたのか脳内処理するのが大変な箇所とか多かった気もしますけど。音響的には劇場で見たいけど、動画的には動画能力の高いHVテレビで見たいと思いました。
でまぁ、動画的にはそんな感想ですが、作品を見終えてみて、
「結局この作品は何が言いたかったんだろう?」
と首をひねってしまいました。
異国から逃げてきた少年と、生まれはわからないけど異人であることは確かな青年、異国から来て好き勝手やってる某国の偉い異人軍団…、あと好き勝手やられている側のお殿様とかその重臣とかいくらか出てくるけど、話の内容的には異人同士が日本で何かやってる方がメイン。
(日本人・日本に対する)
・価値観の違い
・思っていた人間性との違い
・異人に対する奇異の目
・予想より弱い剣術の腕や頭
ということについてたびたび描かれ、日本での生きづらさを日本人っぽく生きてみることや、あくまで自国のルールで生きてみることでは解決できないことであることが示されていた気がします。
映画的には異人視点ですが、これを逆から考えてみると
・どんなに取り繕っても異人は異人で受け入れがたい
・我が国で勝手なことは許さない
・我が国のルールに従えないものは出ていけ
・我が国の利益にならないものはいらない
というメッセージが隠れていそうな内容にも取れました。日本人に紛れて何とか生きていた名無し青年は結局これといっていい目を見ることもなく何か巻き込まれた形で決して幸せは得てないし、山寺宏一キャラ側の異人達はそもそも悪い人扱いで、命も落とすし、ろくに目的も達せられない。
まとめると、
・日本にいてもいいことないから早くよそに行ってくれないかな
ということが言いたかったのかなぁ? と思えてきたり。これが異人の話であることは映画のタイトルが「ストレンヂア」、つまりStranger、よその人…異邦人ってことでもわかるわけで。ストレンヂアたちのしたこと、やった結果とかそういうことが映画のテーマであったはず。
これ以上はネタバレ避けつつ書くのが難しいんであまり詳しく書けませんが、「新しい価値観、新しい技術とかここ(日本)に持ってくんな! ここのルールに乗っかれないやつはいらねぇ!」というストレンヂアに対するフラストレーション的なものがこの作品を作る原動力になっていないだろうかとか。
あんまりちゃんと見てたわけじゃないけど、中国語声優以外に外国人スタッフがほとんどスタッフロールに出ていなかったような気がする。
まぁこの作品に関しては殺陣動画などを堪能する動画アニメなので、テーマとかはまぁどーでもいいというか、○□アニメにおける○□部分以外が○□に至るように出来てさえすればどーでもいいのと同じというか。
個人的にはいくら動画がすごくてもバッサバッサと斬り斬られで多数の命が昇天していくのがあまり気持ちよく見られないんで、そういう点でも筋書きの方をつい気にしてしまうことになったりするのですが。
上記だとテーマとしては黒すぎるので、本当はもっとちゃんとしたテーマがあると思うのですが…。うーん…。
何か知らんけど、川崎視聴の機会が増えてきた。これも見てから約ひと月ですが、まぁ記憶を絞り出し。
自分としても、前映画シリーズ作り終わったときに「もうエヴァのことは終わらせてください」というメッセージを受け取った気がする1人なので、その気持ちを大事にするなら見ないという選択肢を取るのが正しく受け取っていたことにはなると思うのですが、いろんな作品でいろいろなメッセージを受け取ってる多量見さんとしては、そういうメッセージを右から左へ受け流す技術も必要なわけです。
戦争完全否定のアニメを見たあと戦争アニメ見たりとか、1人の命を救うためにやっきになるアニメを見たあと惨殺しまくるアニメを見たりとか、それぞれに持つ価値観を理解しつつも、自分の身には取り込まないというか。
もうエヴァを忘れて欲しいという意思は理解した、が、それを実行するかしないかはこっちで判断する。
辞めたかったんだけど、辞められない大人の事情が当時の監督の想いより強かったんだということかね。アレで顧客が完全に萎えてくれればいままで続くこともなかったんだろうけど。
もはやガンダムと同様に、TVシリーズを完全に見ているわけではないけど、断片的に知識を持っている、ある程度知識を持っていなければいけない作品になりつつあるってことなのかも知れない。
つことから考えると、この新劇場版は「誰しもが持っている知識としてのエヴァンゲリオン」を形にするための作品なのではないかと思う。それは最後の映画で顧客を萎えさせ切れなかった責任…つまりあの劇場版で忘れて過去にして欲しかったのに今も心の一部になってしまっている旧エヴァがあんな形で終わっていることに対して、今後も心の一部に留まっていても誰もつらくない新世紀エヴァンゲリオン―ヱヴァンゲリヲン―を世に残さなければ申し訳ないという気持ちがあるのではないだろうか。
10年以上もつらい思いをさせて済みませんでした、この新劇場版で記憶を上書きしていただけるといくぶん回復するかも知れません。今後も末永くヱヴァンゲリヲンを宜しくお願いします。
…みたいな。
はじめてエヴァを見る人は、エヴァという作品はこういう話だった…ということにしといてください。
…みたいな。
あんなに視聴者を萎えさせたのに何故今さらと思うけど、こう考えると、この新劇場版は萎えきらずに今まで購入層に留まってくれていた人たちが勝ち取った作品なのではないかと思えてくるね。
まぁ自分はアレですっかり過去に処理したので、今回の新劇場版はむしろおこぼれに与っているという感じなのかも。まぁ当時もこれといって金銭を還元した記憶はありませんが。
つことで、TV終了以後、全くエヴァを見ていないのでだいぶ当時の記憶はない状態でした。
「あれ?N2で倒せなかったっけ?」
「使徒の順番ってこんなんだっけ?」
とかとかいろいろ覚えてなかった。おかげで素直に見られた気もしますが。ひとつだけ気になったのは、
「停電があります!」
んとこ(の一瞬入るお知らせ声)がTV版だとまだ出てきてない宮村声だったのが違う人になってたとこ(細かいな)。逃げて映画を見るシーンはなかったので、そっちの宮村がいないのは仕方ないけど、ひとことじゃさすがに宮村交通費は出せないってことか…。
この辺の話までは当時もノリノリ感で、これといって視聴者反応を受けてどうこうとかなくて、見せたいモノ作りたいモノを作ってる段階っぽいのであんまり変更はなかったのかなと思う。
でもまぁ、碇指令とシンジくんの父子としての関わりとかの点で繋がって終わるのはいい序の終了ポイントだったかなーと思います。
ところでガイナックスじゃなくてスタジオカラーなる新制作会社だったのは何故なんだろうね。当時のスタッフとしても萎えて参加拒否とかいろいろあった結果なんだろうか?とか上の仮説を元に考えてみたり。新しいファンに贈る新しいエヴァを作るための新しいスタッフという考えはわからんでもないけど。
結局新劇場版としての感想がほとんど書かれてない罠。
自分としても、前映画シリーズ作り終わったときに「もうエヴァのことは終わらせてください」というメッセージを受け取った気がする1人なので、その気持ちを大事にするなら見ないという選択肢を取るのが正しく受け取っていたことにはなると思うのですが、いろんな作品でいろいろなメッセージを受け取ってる多量見さんとしては、そういうメッセージを右から左へ受け流す技術も必要なわけです。
戦争完全否定のアニメを見たあと戦争アニメ見たりとか、1人の命を救うためにやっきになるアニメを見たあと惨殺しまくるアニメを見たりとか、それぞれに持つ価値観を理解しつつも、自分の身には取り込まないというか。
もうエヴァを忘れて欲しいという意思は理解した、が、それを実行するかしないかはこっちで判断する。
辞めたかったんだけど、辞められない大人の事情が当時の監督の想いより強かったんだということかね。アレで顧客が完全に萎えてくれればいままで続くこともなかったんだろうけど。
もはやガンダムと同様に、TVシリーズを完全に見ているわけではないけど、断片的に知識を持っている、ある程度知識を持っていなければいけない作品になりつつあるってことなのかも知れない。
つことから考えると、この新劇場版は「誰しもが持っている知識としてのエヴァンゲリオン」を形にするための作品なのではないかと思う。それは最後の映画で顧客を萎えさせ切れなかった責任…つまりあの劇場版で忘れて過去にして欲しかったのに今も心の一部になってしまっている旧エヴァがあんな形で終わっていることに対して、今後も心の一部に留まっていても誰もつらくない新世紀エヴァンゲリオン―ヱヴァンゲリヲン―を世に残さなければ申し訳ないという気持ちがあるのではないだろうか。
10年以上もつらい思いをさせて済みませんでした、この新劇場版で記憶を上書きしていただけるといくぶん回復するかも知れません。今後も末永くヱヴァンゲリヲンを宜しくお願いします。
…みたいな。
はじめてエヴァを見る人は、エヴァという作品はこういう話だった…ということにしといてください。
…みたいな。
あんなに視聴者を萎えさせたのに何故今さらと思うけど、こう考えると、この新劇場版は萎えきらずに今まで購入層に留まってくれていた人たちが勝ち取った作品なのではないかと思えてくるね。
まぁ自分はアレですっかり過去に処理したので、今回の新劇場版はむしろおこぼれに与っているという感じなのかも。まぁ当時もこれといって金銭を還元した記憶はありませんが。
つことで、TV終了以後、全くエヴァを見ていないのでだいぶ当時の記憶はない状態でした。
「あれ?N2で倒せなかったっけ?」
「使徒の順番ってこんなんだっけ?」
とかとかいろいろ覚えてなかった。おかげで素直に見られた気もしますが。ひとつだけ気になったのは、
「停電があります!」
んとこ(の一瞬入るお知らせ声)がTV版だとまだ出てきてない宮村声だったのが違う人になってたとこ(細かいな)。逃げて映画を見るシーンはなかったので、そっちの宮村がいないのは仕方ないけど、ひとことじゃさすがに宮村交通費は出せないってことか…。
この辺の話までは当時もノリノリ感で、これといって視聴者反応を受けてどうこうとかなくて、見せたいモノ作りたいモノを作ってる段階っぽいのであんまり変更はなかったのかなと思う。
でもまぁ、碇指令とシンジくんの父子としての関わりとかの点で繋がって終わるのはいい序の終了ポイントだったかなーと思います。
ところでガイナックスじゃなくてスタジオカラーなる新制作会社だったのは何故なんだろうね。当時のスタッフとしても萎えて参加拒否とかいろいろあった結果なんだろうか?とか上の仮説を元に考えてみたり。新しいファンに贈る新しいエヴァを作るための新しいスタッフという考えはわからんでもないけど。
結局新劇場版としての感想がほとんど書かれてない罠。
見てからひと月経ってますが、一応。
見る前までは総集編か何かだと思っていたのですが、OVAの再編集ものだったみたいね。で、壱発逆転編からだったのですが、続編にしては話が薄いし、何か事件解決前っぽいからおジャ魔女ナ・イ・ショのように中間話を新作したのかなーと思いつつ、それでこんなバカ話で2時間弱保つんだろうかと思ったら短編×2という構成だったようで。
まぁ、バカっぽく押し切っていただいて楽しいアクエリオンでした。
後半はパラレルワールド的な、こんなアクエリオンになる可能性もあったんじゃないかな話。TVシリーズではできないけど、映画の長さならちょうどいい感じかね。兄ちゃんの扱いをあっさり…にしたことで、話がわかりやすくなりましたな。ブラコン要素入れると話まとまんないからなぁ。TVシリーズのようなキャラの深みは出ないけど、話はよく見えたし、単体で見るとキャラの深みがないとはいえ、「TVシリーズにおけるキャラの要素を持っている」というところで、TVシリーズキャラの深層意識的なものを見られた気もしました。
まぁ残念ながらTVシリーズの記憶がほとんどないわけですが…。
「あぁ、こんな人もいたなぁ」「そういえばこんなノリだったっけ」とかそんな状態で見るのはダメですか?
見る前までは総集編か何かだと思っていたのですが、OVAの再編集ものだったみたいね。で、壱発逆転編からだったのですが、続編にしては話が薄いし、何か事件解決前っぽいからおジャ魔女ナ・イ・ショのように中間話を新作したのかなーと思いつつ、それでこんなバカ話で2時間弱保つんだろうかと思ったら短編×2という構成だったようで。
まぁ、バカっぽく押し切っていただいて楽しいアクエリオンでした。
後半はパラレルワールド的な、こんなアクエリオンになる可能性もあったんじゃないかな話。TVシリーズではできないけど、映画の長さならちょうどいい感じかね。兄ちゃんの扱いをあっさり…にしたことで、話がわかりやすくなりましたな。ブラコン要素入れると話まとまんないからなぁ。TVシリーズのようなキャラの深みは出ないけど、話はよく見えたし、単体で見るとキャラの深みがないとはいえ、「TVシリーズにおけるキャラの要素を持っている」というところで、TVシリーズキャラの深層意識的なものを見られた気もしました。
まぁ残念ながらTVシリーズの記憶がほとんどないわけですが…。
「あぁ、こんな人もいたなぁ」「そういえばこんなノリだったっけ」とかそんな状態で見るのはダメですか?
TV(京アニ)版はBS-i待ちで、記憶的には被っていないのが唯一の救い…。

ということで世の中終番の話を通り越して新番の話で沸き立っているところを無視してやっとこ劇場版CLANNADの感想でも書きますよ。
とは言っても、見てから十日…その間に終番新番いろいろ見たせいもあってもはや記憶の彼方になっているような…。えーと…(思い出し中
とりあえず手キャプはさっきまで塗ってたのでその話でもしつつ思い出そう。自分的には劇中に指立てシーンがあったので(古河家のベランダのシーン)、パンフにそれ載ってないかなーと淡い期待をしていたのですが、そんな期待はもろくも崩れ、小さいってのもあるけど他にあまり描けそうなところも見つからずに大きめの絵から引っ張ってきました。指立て自体は桑島キャラのがいたんだけど、劇中ではこれといって目立ってなかっただけにあまり描く感じでもなかったし。
元絵は影2段だったり、グラデとかいろいろかかってたけど、無視して影1段、色は印刷物からだと拾えないので公式サイトからスポイトして抜いてきました。おかげで制服の細いラインとかは色がうまく拾えなくてくすみ気味。線の色の工夫とかも入ってたみたいだけど、むしろ東映らしく黒一色で。
うん、だんだん当初書こうと思ってた感想思い出してきた。
見に行った劇場は池袋ではなく、川崎チネチッタの方。AIRで懲りて、池袋に行く気はしばらく起こらないだろうな。電撃ムービーフェスティバルのときも川崎チネチッタに行ったし。つかもうちょい近場というかあちこちでやってくれればありがたいんだけど。
平日だったけど、それほど閑散としていたこともなく、普通の入りでした。池袋の方は知らないけど、川崎まで足を運んでよかったよ。少なくとも見やすい普通のスクリーンだったし。
内容の方は、キャスト見る前にこおろぎさとみを判別できたオレの勝ち。(ぇ ここのところあまり聞いていなかったのに、あの少ない出番で判別できた自分に結構感動した。ついでにキャスト話すると緑川光とか皆口裕子とか何かkey系のに出てた人がそれなりに被っていてその辺もちょっとおもしろい感じ。
つか合気道やる皆口さんはYAWARAちゃん(本物)ですなぁ。
(今度こそ)内容の方は、劇場版AIRんときもそうだったけど、激しくダイジェスト臭がする作品でした。一応メインシナリオで1本通しているとは思うのですが、それでもボリュームがありすぎて、上映時間の枠に収まってない印象。
というのも、各所の「含み」シーン ―何が起こったかの状況説明と時間経過だけが示されるシーン― がやたら入っていて、視聴者は描かれていない部分を脳内補完しながら見進める必要があり、それは確かに「内容」としては理解できるんだけど、初見の見としては、心まではついていけない感覚に陥ってしまって、スクリーンに映し出される情景に感情移入できず、傍観者にさせられてしまった気がする。
例えば
○父親の愛情を受けずに育った(という話だけ出る
○繰り返し同じ夢を見ているのを苦しんでいる(繰り返しといいつつ視聴者的には1回だけ
○その後入院して結局卒業は自分たちより1年遅くなった(一瞬で時間が飛ぶ
○幸せな結婚生活を送った(送ったそうですよ?
○なんやかんやで渚を失って、失ったあとしばらくあとのシーンに変わる
確かに状況さえ言ってくれれば、どんなことがあって、どんな気持ちだったのかは想像に難しくは ない ところなのですが、この話のメインテーマである「大切な人をなくしたことがありますか?」という問いかけに対して、この一瞬だけでもあったであろう「朋也と渚の幸せのひととき」を省略して、「幸せの絶頂」を視聴者の想像に任せてしまっては、登り詰めた後に絶望のどん底に落ちるという朋也の世界に入るのはとても難しいわけですよ。
お前にとってどれだけ大切な存在だったかは知らんけど、もういない人はもういないし、いつまでも凹んでいるのを彼女が望むわけないであろうと、ただただいままで見てきたいろいろな話から得た経験から冷静な視線を送ってしまうところに落ち着いてしまうのですよ、少なくとも自分としては。
「大切な人をなくしたことがありますか」ということを届けたいのであれば、その「なくなる人」がどれだけ「大切」だったのかの共感を与えておく必要があって、その共感を与えるための描写をなくなる前に溜めておくべきではなかったかと思う。
この劇場版の中では、電波な出逢いをしつつ親交を深め、文化祭の一人舞台で運命を感じて惹かれ合い、そのままゴールインしたという何とも現実離れした話で、見ていても「あぁ、これは好きになるなぁ」とか「彼女を失ったら世界がどうにかなってしまう」とかそういう気持ちには近づけなくて、よくあるキャラクターの死以上の感覚は残念ながら持てなかった。「そういや近しい人が死んだらこういう乱れた生活になったりする場合もあるよな」ぐらいの遠めの感覚になってしまいました。こうなってしまうともはや主題は自分の心には届かない。オチを見ても親ならもっとシャンとしろとか思ってしまう次第で。
パンフを見ると「「死」というものが身近でない世代にとって…」というような記述が飛んでいるのですが、リアルな死との対面はまぁ人それぞれとして、劇中でのキャラクターの死、最終回という名の番組の死、中の人の死亡・降板による実質的なキャラクターの死…そういうのはとても身近です。
大切な人へ昇華できたあとに殺してしまったキャラと言えば最近ではグレンラガン、昔だとタッチという作品が思い出されますが、今回の劇場版CLANNADでそういった「キャラクターの死」という枠を超えた「死」を見せられたかと思うとかなりの勢いで疑問です。
まぁぶっちゃけ、東映キャラデザインがいまいちかわいくないってのも原因のひとつだと思いますけどねー。
あとEDに絡んで少し。メインキャラのブレはしないようにしていたみたいだけど、ストーリー的にはなんかブレまくっていた印象が残る本作、EDのパッチワークに一本筋を通せなかった自信のなさを感じずにはいられませんでした…。ED曲がメドレーってさー。
CLANNADで時間を取りすぎたので、アクエリオンとその後みたエヴァ序の感想はまた今度。手キャプはしない予定。
スレッドテーマにある「CLANNAD」はたぶんTV版のことだと思うので、テーマに参加しない方がいいよね?

ということで世の中終番の話を通り越して新番の話で沸き立っているところを無視してやっとこ劇場版CLANNADの感想でも書きますよ。
とは言っても、見てから十日…その間に終番新番いろいろ見たせいもあってもはや記憶の彼方になっているような…。えーと…(思い出し中
とりあえず手キャプはさっきまで塗ってたのでその話でもしつつ思い出そう。自分的には劇中に指立てシーンがあったので(古河家のベランダのシーン)、パンフにそれ載ってないかなーと淡い期待をしていたのですが、そんな期待はもろくも崩れ、小さいってのもあるけど他にあまり描けそうなところも見つからずに大きめの絵から引っ張ってきました。指立て自体は桑島キャラのがいたんだけど、劇中ではこれといって目立ってなかっただけにあまり描く感じでもなかったし。
元絵は影2段だったり、グラデとかいろいろかかってたけど、無視して影1段、色は印刷物からだと拾えないので公式サイトからスポイトして抜いてきました。おかげで制服の細いラインとかは色がうまく拾えなくてくすみ気味。線の色の工夫とかも入ってたみたいだけど、むしろ東映らしく黒一色で。
うん、だんだん当初書こうと思ってた感想思い出してきた。
見に行った劇場は池袋ではなく、川崎チネチッタの方。AIRで懲りて、池袋に行く気はしばらく起こらないだろうな。電撃ムービーフェスティバルのときも川崎チネチッタに行ったし。つかもうちょい近場というかあちこちでやってくれればありがたいんだけど。
平日だったけど、それほど閑散としていたこともなく、普通の入りでした。池袋の方は知らないけど、川崎まで足を運んでよかったよ。少なくとも見やすい普通のスクリーンだったし。
内容の方は、キャスト見る前にこおろぎさとみを判別できたオレの勝ち。(ぇ ここのところあまり聞いていなかったのに、あの少ない出番で判別できた自分に結構感動した。ついでにキャスト話すると緑川光とか皆口裕子とか何かkey系のに出てた人がそれなりに被っていてその辺もちょっとおもしろい感じ。
つか合気道やる皆口さんはYAWARAちゃん(本物)ですなぁ。
(今度こそ)内容の方は、劇場版AIRんときもそうだったけど、激しくダイジェスト臭がする作品でした。一応メインシナリオで1本通しているとは思うのですが、それでもボリュームがありすぎて、上映時間の枠に収まってない印象。
というのも、各所の「含み」シーン ―何が起こったかの状況説明と時間経過だけが示されるシーン― がやたら入っていて、視聴者は描かれていない部分を脳内補完しながら見進める必要があり、それは確かに「内容」としては理解できるんだけど、初見の見としては、心まではついていけない感覚に陥ってしまって、スクリーンに映し出される情景に感情移入できず、傍観者にさせられてしまった気がする。
例えば
○父親の愛情を受けずに育った(という話だけ出る
○繰り返し同じ夢を見ているのを苦しんでいる(繰り返しといいつつ視聴者的には1回だけ
○その後入院して結局卒業は自分たちより1年遅くなった(一瞬で時間が飛ぶ
○幸せな結婚生活を送った(送ったそうですよ?
○なんやかんやで渚を失って、失ったあとしばらくあとのシーンに変わる
確かに状況さえ言ってくれれば、どんなことがあって、どんな気持ちだったのかは想像に難しくは ない ところなのですが、この話のメインテーマである「大切な人をなくしたことがありますか?」という問いかけに対して、この一瞬だけでもあったであろう「朋也と渚の幸せのひととき」を省略して、「幸せの絶頂」を視聴者の想像に任せてしまっては、登り詰めた後に絶望のどん底に落ちるという朋也の世界に入るのはとても難しいわけですよ。
お前にとってどれだけ大切な存在だったかは知らんけど、もういない人はもういないし、いつまでも凹んでいるのを彼女が望むわけないであろうと、ただただいままで見てきたいろいろな話から得た経験から冷静な視線を送ってしまうところに落ち着いてしまうのですよ、少なくとも自分としては。
「大切な人をなくしたことがありますか」ということを届けたいのであれば、その「なくなる人」がどれだけ「大切」だったのかの共感を与えておく必要があって、その共感を与えるための描写をなくなる前に溜めておくべきではなかったかと思う。
この劇場版の中では、電波な出逢いをしつつ親交を深め、文化祭の一人舞台で運命を感じて惹かれ合い、そのままゴールインしたという何とも現実離れした話で、見ていても「あぁ、これは好きになるなぁ」とか「彼女を失ったら世界がどうにかなってしまう」とかそういう気持ちには近づけなくて、よくあるキャラクターの死以上の感覚は残念ながら持てなかった。「そういや近しい人が死んだらこういう乱れた生活になったりする場合もあるよな」ぐらいの遠めの感覚になってしまいました。こうなってしまうともはや主題は自分の心には届かない。オチを見ても親ならもっとシャンとしろとか思ってしまう次第で。
パンフを見ると「「死」というものが身近でない世代にとって…」というような記述が飛んでいるのですが、リアルな死との対面はまぁ人それぞれとして、劇中でのキャラクターの死、最終回という名の番組の死、中の人の死亡・降板による実質的なキャラクターの死…そういうのはとても身近です。
大切な人へ昇華できたあとに殺してしまったキャラと言えば最近ではグレンラガン、昔だとタッチという作品が思い出されますが、今回の劇場版CLANNADでそういった「キャラクターの死」という枠を超えた「死」を見せられたかと思うとかなりの勢いで疑問です。
まぁぶっちゃけ、東映キャラデザインがいまいちかわいくないってのも原因のひとつだと思いますけどねー。
あとEDに絡んで少し。メインキャラのブレはしないようにしていたみたいだけど、ストーリー的にはなんかブレまくっていた印象が残る本作、EDのパッチワークに一本筋を通せなかった自信のなさを感じずにはいられませんでした…。ED曲がメドレーってさー。
![]() | 劇場版「CLANNAD-クラナド-」 SOUNDTRACK アニメ (2007/11/21) フロンティアワークス この商品の詳細を見る |
CLANNADで時間を取りすぎたので、アクエリオンとその後みたエヴァ序の感想はまた今度。手キャプはしない予定。
スレッドテーマにある「CLANNAD」はたぶんTV版のことだと思うので、テーマに参加しない方がいいよね?













