線の強弱のれんしう。

遊戯王DMはたまに線の強弱の激しい作画の回があるので、強弱の練習がてらレベッカさんを。あ、後ろのハーフトーンパターンの大きさ変更するの忘れた…。
描いといて言うのも何ですが、ベッキーさんはあまり好きではないかも。遊戯王は杏子派。ベッキーさんの何が苦手って、それはやっぱり左右の∵そばかすですな。毛穴ひとつでリアルが好きになれないという弊害すら持つこともあるアニメ好きにとって、肌がすっきりしてないのはキャラとしても軽い抵抗を覚えてしまうこともあるのではないかと。まぁ自分がそばかすを萌えポイントとして認識できてないだけなのですが。
軽い色メガネの方は結構好きなオプションです。下縁メガネは擬似的に目の下のラインが下がったかのような感覚を与えるもので、これによりより童顔に錯覚させるという効果があるという話は前にもちょっとした気。鼻眼鏡の効果もそういうものですが、冷静に考えれば鼻眼鏡=近くが見にくい=遠視ってことなので、あまり子どもさんにはいないタイプなんだよな。まぁ言ってはいけないことなのですが。
レベッカさんは(呼称統一しろよ>自)表遊戯を好きになる担当なのですが、表遊戯自体の存在感がかなり薄いので、レベッカさん的にもあまり強烈に印象づける要素がない感じでもある。全米チャンプってもその実力が評価されたことはないし、今回だって御伽なんていう馬の骨レベルとあまり実力差を感じられないし。アメリカといえばキースもそうだったけど、アメリカでの評価ってやつは映画の「全米No.1」ぐらいの泊しかないのだろうか…。
あ、ちょいと前のずっと俺のターンことバーサーカーソウルの回は手キャプしようと思ったことを忘れて消しました…。ネタとしてもおもしろいけど、モンスターをただの効果発動するための道具としてどこまでもポンポン墓地に捨てていってしまう闇遊戯の図というのだけでいつもの遊戯ではない違和感を作りだしていていい回なんだよな。
しかし本家見てるとGXが霞む霞む。ドーマ編なんてオリジナルなのに(だよね?)、カードを出すという制約以外は特になく全部オリジナルで行けるGXは何故あんな方向に進んでいこうとするのかねぇ。相手を本当に倒してしまうことに苦悩して自分を見失ってしまう主人公という同じパターンの話をしているのに。
十代の苦悩はそういうところではなく、今までの流れからすると、「デュエルが楽しめない」ということに対して発せられてしかるべきだと思うし、そこを乗り越えるためのものもまた「デュエルを楽しむ」ってことでこそ十代が十代足るところだと思うのだがなー。それこそ「先輩たちはデュエルを本当に楽しんでますか?」という素朴な疑問でデュエルできるぐらいでいいじゃんか。
今さら心の闇要素や運命とかを背負って欲しくないですな。

遊戯王DMはたまに線の強弱の激しい作画の回があるので、強弱の練習がてらレベッカさんを。あ、後ろのハーフトーンパターンの大きさ変更するの忘れた…。
描いといて言うのも何ですが、ベッキーさんはあまり好きではないかも。遊戯王は杏子派。ベッキーさんの何が苦手って、それはやっぱり左右の∵そばかすですな。毛穴ひとつでリアルが好きになれないという弊害すら持つこともあるアニメ好きにとって、肌がすっきりしてないのはキャラとしても軽い抵抗を覚えてしまうこともあるのではないかと。まぁ自分がそばかすを萌えポイントとして認識できてないだけなのですが。
軽い色メガネの方は結構好きなオプションです。下縁メガネは擬似的に目の下のラインが下がったかのような感覚を与えるもので、これによりより童顔に錯覚させるという効果があるという話は前にもちょっとした気。鼻眼鏡の効果もそういうものですが、冷静に考えれば鼻眼鏡=近くが見にくい=遠視ってことなので、あまり子どもさんにはいないタイプなんだよな。まぁ言ってはいけないことなのですが。
レベッカさんは(呼称統一しろよ>自)表遊戯を好きになる担当なのですが、表遊戯自体の存在感がかなり薄いので、レベッカさん的にもあまり強烈に印象づける要素がない感じでもある。全米チャンプってもその実力が評価されたことはないし、今回だって御伽なんていう馬の骨レベルとあまり実力差を感じられないし。アメリカといえばキースもそうだったけど、アメリカでの評価ってやつは映画の「全米No.1」ぐらいの泊しかないのだろうか…。
あ、ちょいと前のずっと俺のターンことバーサーカーソウルの回は手キャプしようと思ったことを忘れて消しました…。ネタとしてもおもしろいけど、モンスターをただの効果発動するための道具としてどこまでもポンポン墓地に捨てていってしまう闇遊戯の図というのだけでいつもの遊戯ではない違和感を作りだしていていい回なんだよな。
しかし本家見てるとGXが霞む霞む。ドーマ編なんてオリジナルなのに(だよね?)、カードを出すという制約以外は特になく全部オリジナルで行けるGXは何故あんな方向に進んでいこうとするのかねぇ。相手を本当に倒してしまうことに苦悩して自分を見失ってしまう主人公という同じパターンの話をしているのに。
十代の苦悩はそういうところではなく、今までの流れからすると、「デュエルが楽しめない」ということに対して発せられてしかるべきだと思うし、そこを乗り越えるためのものもまた「デュエルを楽しむ」ってことでこそ十代が十代足るところだと思うのだがなー。それこそ「先輩たちはデュエルを本当に楽しんでますか?」という素朴な疑問でデュエルできるぐらいでいいじゃんか。
今さら心の闇要素や運命とかを背負って欲しくないですな。
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