何か知らんけど、川崎視聴の機会が増えてきた。これも見てから約ひと月ですが、まぁ記憶を絞り出し。
自分としても、前映画シリーズ作り終わったときに「もうエヴァのことは終わらせてください」というメッセージを受け取った気がする1人なので、その気持ちを大事にするなら見ないという選択肢を取るのが正しく受け取っていたことにはなると思うのですが、いろんな作品でいろいろなメッセージを受け取ってる多量見さんとしては、そういうメッセージを右から左へ受け流す技術も必要なわけです。
戦争完全否定のアニメを見たあと戦争アニメ見たりとか、1人の命を救うためにやっきになるアニメを見たあと惨殺しまくるアニメを見たりとか、それぞれに持つ価値観を理解しつつも、自分の身には取り込まないというか。
もうエヴァを忘れて欲しいという意思は理解した、が、それを実行するかしないかはこっちで判断する。
辞めたかったんだけど、辞められない大人の事情が当時の監督の想いより強かったんだということかね。アレで顧客が完全に萎えてくれればいままで続くこともなかったんだろうけど。
もはやガンダムと同様に、TVシリーズを完全に見ているわけではないけど、断片的に知識を持っている、ある程度知識を持っていなければいけない作品になりつつあるってことなのかも知れない。
つことから考えると、この新劇場版は「誰しもが持っている知識としてのエヴァンゲリオン」を形にするための作品なのではないかと思う。それは最後の映画で顧客を萎えさせ切れなかった責任…つまりあの劇場版で忘れて過去にして欲しかったのに今も心の一部になってしまっている旧エヴァがあんな形で終わっていることに対して、今後も心の一部に留まっていても誰もつらくない新世紀エヴァンゲリオン―ヱヴァンゲリヲン―を世に残さなければ申し訳ないという気持ちがあるのではないだろうか。
10年以上もつらい思いをさせて済みませんでした、この新劇場版で記憶を上書きしていただけるといくぶん回復するかも知れません。今後も末永くヱヴァンゲリヲンを宜しくお願いします。
…みたいな。
はじめてエヴァを見る人は、エヴァという作品はこういう話だった…ということにしといてください。
…みたいな。
あんなに視聴者を萎えさせたのに何故今さらと思うけど、こう考えると、この新劇場版は萎えきらずに今まで購入層に留まってくれていた人たちが勝ち取った作品なのではないかと思えてくるね。
まぁ自分はアレですっかり過去に処理したので、今回の新劇場版はむしろおこぼれに与っているという感じなのかも。まぁ当時もこれといって金銭を還元した記憶はありませんが。
つことで、TV終了以後、全くエヴァを見ていないのでだいぶ当時の記憶はない状態でした。
「あれ?N2で倒せなかったっけ?」
「使徒の順番ってこんなんだっけ?」
とかとかいろいろ覚えてなかった。おかげで素直に見られた気もしますが。ひとつだけ気になったのは、
「停電があります!」
んとこ(の一瞬入るお知らせ声)がTV版だとまだ出てきてない宮村声だったのが違う人になってたとこ(細かいな)。逃げて映画を見るシーンはなかったので、そっちの宮村がいないのは仕方ないけど、ひとことじゃさすがに宮村交通費は出せないってことか…。
この辺の話までは当時もノリノリ感で、これといって視聴者反応を受けてどうこうとかなくて、見せたいモノ作りたいモノを作ってる段階っぽいのであんまり変更はなかったのかなと思う。
でもまぁ、碇指令とシンジくんの父子としての関わりとかの点で繋がって終わるのはいい序の終了ポイントだったかなーと思います。
ところでガイナックスじゃなくてスタジオカラーなる新制作会社だったのは何故なんだろうね。当時のスタッフとしても萎えて参加拒否とかいろいろあった結果なんだろうか?とか上の仮説を元に考えてみたり。新しいファンに贈る新しいエヴァを作るための新しいスタッフという考えはわからんでもないけど。
結局新劇場版としての感想がほとんど書かれてない罠。
自分としても、前映画シリーズ作り終わったときに「もうエヴァのことは終わらせてください」というメッセージを受け取った気がする1人なので、その気持ちを大事にするなら見ないという選択肢を取るのが正しく受け取っていたことにはなると思うのですが、いろんな作品でいろいろなメッセージを受け取ってる多量見さんとしては、そういうメッセージを右から左へ受け流す技術も必要なわけです。
戦争完全否定のアニメを見たあと戦争アニメ見たりとか、1人の命を救うためにやっきになるアニメを見たあと惨殺しまくるアニメを見たりとか、それぞれに持つ価値観を理解しつつも、自分の身には取り込まないというか。
もうエヴァを忘れて欲しいという意思は理解した、が、それを実行するかしないかはこっちで判断する。
辞めたかったんだけど、辞められない大人の事情が当時の監督の想いより強かったんだということかね。アレで顧客が完全に萎えてくれればいままで続くこともなかったんだろうけど。
もはやガンダムと同様に、TVシリーズを完全に見ているわけではないけど、断片的に知識を持っている、ある程度知識を持っていなければいけない作品になりつつあるってことなのかも知れない。
つことから考えると、この新劇場版は「誰しもが持っている知識としてのエヴァンゲリオン」を形にするための作品なのではないかと思う。それは最後の映画で顧客を萎えさせ切れなかった責任…つまりあの劇場版で忘れて過去にして欲しかったのに今も心の一部になってしまっている旧エヴァがあんな形で終わっていることに対して、今後も心の一部に留まっていても誰もつらくない新世紀エヴァンゲリオン―ヱヴァンゲリヲン―を世に残さなければ申し訳ないという気持ちがあるのではないだろうか。
10年以上もつらい思いをさせて済みませんでした、この新劇場版で記憶を上書きしていただけるといくぶん回復するかも知れません。今後も末永くヱヴァンゲリヲンを宜しくお願いします。
…みたいな。
はじめてエヴァを見る人は、エヴァという作品はこういう話だった…ということにしといてください。
…みたいな。
あんなに視聴者を萎えさせたのに何故今さらと思うけど、こう考えると、この新劇場版は萎えきらずに今まで購入層に留まってくれていた人たちが勝ち取った作品なのではないかと思えてくるね。
まぁ自分はアレですっかり過去に処理したので、今回の新劇場版はむしろおこぼれに与っているという感じなのかも。まぁ当時もこれといって金銭を還元した記憶はありませんが。
つことで、TV終了以後、全くエヴァを見ていないのでだいぶ当時の記憶はない状態でした。
「あれ?N2で倒せなかったっけ?」
「使徒の順番ってこんなんだっけ?」
とかとかいろいろ覚えてなかった。おかげで素直に見られた気もしますが。ひとつだけ気になったのは、
「停電があります!」
んとこ(の一瞬入るお知らせ声)がTV版だとまだ出てきてない宮村声だったのが違う人になってたとこ(細かいな)。逃げて映画を見るシーンはなかったので、そっちの宮村がいないのは仕方ないけど、ひとことじゃさすがに宮村交通費は出せないってことか…。
この辺の話までは当時もノリノリ感で、これといって視聴者反応を受けてどうこうとかなくて、見せたいモノ作りたいモノを作ってる段階っぽいのであんまり変更はなかったのかなと思う。
でもまぁ、碇指令とシンジくんの父子としての関わりとかの点で繋がって終わるのはいい序の終了ポイントだったかなーと思います。
ところでガイナックスじゃなくてスタジオカラーなる新制作会社だったのは何故なんだろうね。当時のスタッフとしても萎えて参加拒否とかいろいろあった結果なんだろうか?とか上の仮説を元に考えてみたり。新しいファンに贈る新しいエヴァを作るための新しいスタッフという考えはわからんでもないけど。
結局新劇場版としての感想がほとんど書かれてない罠。
| ホーム |






