あにめ感想にっきV3
手キャプつきアニメ感想やアニメ映画感想ブログ
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
page top
 TV(京アニ)版はBS-i待ちで、記憶的には被っていないのが唯一の救い…。
古河渚@劇場版CLANNAD
 ということで世の中終番の話を通り越して新番の話で沸き立っているところを無視してやっとこ劇場版CLANNADの感想でも書きますよ。

 とは言っても、見てから十日…その間に終番新番いろいろ見たせいもあってもはや記憶の彼方になっているような…。えーと…(思い出し中

 とりあえず手キャプはさっきまで塗ってたのでその話でもしつつ思い出そう。自分的には劇中に指立てシーンがあったので(古河家のベランダのシーン)、パンフにそれ載ってないかなーと淡い期待をしていたのですが、そんな期待はもろくも崩れ、小さいってのもあるけど他にあまり描けそうなところも見つからずに大きめの絵から引っ張ってきました。指立て自体は桑島キャラのがいたんだけど、劇中ではこれといって目立ってなかっただけにあまり描く感じでもなかったし。

 元絵は影2段だったり、グラデとかいろいろかかってたけど、無視して影1段、色は印刷物からだと拾えないので公式サイトからスポイトして抜いてきました。おかげで制服の細いラインとかは色がうまく拾えなくてくすみ気味。線の色の工夫とかも入ってたみたいだけど、むしろ東映らしく黒一色で。

 うん、だんだん当初書こうと思ってた感想思い出してきた。

 見に行った劇場は池袋ではなく、川崎チネチッタの方。AIRで懲りて、池袋に行く気はしばらく起こらないだろうな。電撃ムービーフェスティバルのときも川崎チネチッタに行ったし。つかもうちょい近場というかあちこちでやってくれればありがたいんだけど。

 平日だったけど、それほど閑散としていたこともなく、普通の入りでした。池袋の方は知らないけど、川崎まで足を運んでよかったよ。少なくとも見やすい普通のスクリーンだったし。


 内容の方は、キャスト見る前にこおろぎさとみを判別できたオレの勝ち。(ぇ ここのところあまり聞いていなかったのに、あの少ない出番で判別できた自分に結構感動した。ついでにキャスト話すると緑川光とか皆口裕子とか何かkey系のに出てた人がそれなりに被っていてその辺もちょっとおもしろい感じ。

 つか合気道やる皆口さんはYAWARAちゃん(本物)ですなぁ。

 (今度こそ)内容の方は、劇場版AIRんときもそうだったけど、激しくダイジェスト臭がする作品でした。一応メインシナリオで1本通しているとは思うのですが、それでもボリュームがありすぎて、上映時間の枠に収まってない印象。

 というのも、各所の「含み」シーン ―何が起こったかの状況説明と時間経過だけが示されるシーン― がやたら入っていて、視聴者は描かれていない部分を脳内補完しながら見進める必要があり、それは確かに「内容」としては理解できるんだけど、初見の見としては、心まではついていけない感覚に陥ってしまって、スクリーンに映し出される情景に感情移入できず、傍観者にさせられてしまった気がする。

 例えば
○父親の愛情を受けずに育った(という話だけ出る
○繰り返し同じ夢を見ているのを苦しんでいる(繰り返しといいつつ視聴者的には1回だけ
○その後入院して結局卒業は自分たちより1年遅くなった(一瞬で時間が飛ぶ
○幸せな結婚生活を送った(送ったそうですよ?
○なんやかんやで渚を失って、失ったあとしばらくあとのシーンに変わる

確かに状況さえ言ってくれれば、どんなことがあって、どんな気持ちだったのかは想像に難しくは ない ところなのですが、この話のメインテーマである「大切な人をなくしたことがありますか?」という問いかけに対して、この一瞬だけでもあったであろう「朋也と渚の幸せのひととき」を省略して、「幸せの絶頂」を視聴者の想像に任せてしまっては、登り詰めた後に絶望のどん底に落ちるという朋也の世界に入るのはとても難しいわけですよ。

 お前にとってどれだけ大切な存在だったかは知らんけど、もういない人はもういないし、いつまでも凹んでいるのを彼女が望むわけないであろうと、ただただいままで見てきたいろいろな話から得た経験から冷静な視線を送ってしまうところに落ち着いてしまうのですよ、少なくとも自分としては。

 「大切な人をなくしたことがありますか」ということを届けたいのであれば、その「なくなる人」がどれだけ「大切」だったのかの共感を与えておく必要があって、その共感を与えるための描写をなくなる前に溜めておくべきではなかったかと思う。

 この劇場版の中では、電波な出逢いをしつつ親交を深め、文化祭の一人舞台で運命を感じて惹かれ合い、そのままゴールインしたという何とも現実離れした話で、見ていても「あぁ、これは好きになるなぁ」とか「彼女を失ったら世界がどうにかなってしまう」とかそういう気持ちには近づけなくて、よくあるキャラクターの死以上の感覚は残念ながら持てなかった。「そういや近しい人が死んだらこういう乱れた生活になったりする場合もあるよな」ぐらいの遠めの感覚になってしまいました。こうなってしまうともはや主題は自分の心には届かない。オチを見ても親ならもっとシャンとしろとか思ってしまう次第で。

 パンフを見ると「「死」というものが身近でない世代にとって…」というような記述が飛んでいるのですが、リアルな死との対面はまぁ人それぞれとして、劇中でのキャラクターの死、最終回という名の番組の死、中の人の死亡・降板による実質的なキャラクターの死…そういうのはとても身近です。

 大切な人へ昇華できたあとに殺してしまったキャラと言えば最近ではグレンラガン、昔だとタッチという作品が思い出されますが、今回の劇場版CLANNADでそういった「キャラクターの死」という枠を超えた「死」を見せられたかと思うとかなりの勢いで疑問です。


 まぁぶっちゃけ、東映キャラデザインがいまいちかわいくないってのも原因のひとつだと思いますけどねー。


 あとEDに絡んで少し。メインキャラのブレはしないようにしていたみたいだけど、ストーリー的にはなんかブレまくっていた印象が残る本作、EDのパッチワークに一本筋を通せなかった自信のなさを感じずにはいられませんでした…。ED曲がメドレーってさー。


劇場版『CLANNAD』 DVD スペシャル・エディション (初回限定版)劇場版『CLANNAD』 DVD スペシャル・エディション (初回限定版)
(2008/03/07)
桑島法子中原麻衣

商品詳細を見る

 CLANNADで時間を取りすぎたので、アクエリオンとその後みたエヴァ序の感想はまた今度。手キャプはしない予定。

 スレッドテーマにある「CLANNAD」はたぶんTV版のことだと思うので、テーマに参加しない方がいいよね?
page top

コメント

管理者にだけ表示を許可する
 

トラックバック
TB*URL
Copyright © 2005 あにめ感想にっきV3. all rights reserved.

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。